原油の歴史

原油の歴史は、政治的、経済的な出来事、石油産業における変化、そして技術的進歩に彩られており、これらは今日まで石油の価格に影響を及ぼし続けています。19世紀のバクーから今日に至るまでの物語を見ていきましょう。

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北海原油先物
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※上記リアルタイムレートは参考レートであり、取引が保証されるものではありません。

1800 - 1869年:初期の原油産業

現代の石油産業はその起源を1837年のバクーに遡ることができます。そこで石油を蒸留してパラフィン(ランプとヒーターオイルとして使用)を精製するための精製所が建造されました。

その後1846年に最初の現代的油井ができ、その深さは21メートルにまで達しました。この時、バクーのたった一つの油田が世界の石油生産の90%以上を占めており、ほとんどがペルシア(現在のイラン)に運ばれていました。

商業用の油井はその後ポーランドのボブルカ(1854)、ルーマニアのブカレスト(1857)、カナダのオンタリオ州(1858)、そしてアメリカ合衆国のペンシルベニア州(1859)に次々と建造され、これらの地域に「黒い金」のゴールドラッシュをもたらします。

中でもペンシルバニア州は大成功を収め、わずか数年の間に世界の石油の半分近くを生産するに至りました。価格は急激に上昇し、1861年に1バレル約0.49ドルだった価格が1865年には1バレル6.59ドルになっていました。

1870 - 1913年:現代石油産業の誕生

1870年、ジョン・D・ロックフェラーはオハイオ州にスタンダードオイル社を設立しました。同社は支配的勢力にいち早く上りつめ、競争相手を買収していきます。スタンダードオイルは国内で拡大し、中国を含む海外市場にも輸出を開始しました。それはあまりにも大きな成功で、1890年にはアメリカの精製油の9割近くを独占していました。

原油価格の推移: 1861-2017年

1.石油ブームと南北戦争‐1862-1865年

2.スピンドルトップで石油発見 - 1901年

3.第一次世界大戦‐1914‐1918年

4.西海岸ガス飢饉‐1920年

5.世界大恐慌の始まり-1929年

6.第二次世界大戦‐1939‐1945年

7.スエズ危機-1956年

8.第四次中東戦争-1973年

9.イラン革命‐1970‐1980年

10.イラン・イラク戦争‐1980‐1988年

11.湾岸戦争‐1990‐1991年

12.アジア金融危機-1997年

13.イラク戦争‐2003‐2011年

14.アラブの春‐2010‐2012年

アメリカとロシアの両国で生産が拡大するにつれ、世界的に価格は下落。1876年に1バレル2.56ドルだったのが、1892年には0.56ドルにまで下がりました。しかし1896年に初の大衆車がドイツとアメリカで発売されると、技術革命とともにすぐさま世界的な石油の需要を再燃させることになります。
 

7姉妹の隆盛

今日知られているメジャーな石油会社の多くは、そのルーツをこの後10年間に起こった出来事に見ることができます:
 
  • テキサス州のスピンドルトップで石油が発見された後、1901年にガルフオイルとテキサコ設立。
  • アメリカの石油会社の激化する価格競争に立ち向かえるよう、ロイヤルダッチとシェルは1907年に合併し、ロイヤルダッチ/シェルを形成。
  • アングロ・ペルシアン石油会社(現BP)は、イランでの石油発見後1908年に設立。
  • スタンダードオイルが独占禁止法違反で米合衆国の最高裁判所の判決で分裂を余儀なくされた1911年に、シェブロン、エクソン、モービル(現エクソンモービル)設立。

これらの国際石油会社(IOC)-BP、シェブロン、エクソン、ガルフオイル、モービル、ロイヤルダッチ/シェルそしてテキサコ-はその後「7姉妹」として知られるようになり、1970年初頭の全盛期には世界の石油備蓄の85%を支配するに至りました。

オクラホマ州での発見

1912年にオクラホマ州のカッシングで石油が発見され、すぐさま米合衆国の主要油田の一つとなります。生産センターとしての重要性は減退したものの、世界の原油価格の主要指標となるウエスト・テキサス・インターメディエイトの受け渡し場所となりました。

1914 – 1949年:戦争、発見そして石油危機

第一次世界大戦は石油の世界的な需要を押し上げ、1914年に1バレル0.81ドルだった原油価格を1918年には1.98ドルにまで高騰させる要因となりました。大戦後の需要は留まるところを知らない乗用車の人気に後押しされ、1920年にアメリカの西海岸でガソリン不足の原因となりました。価格は1バレル当たり3.07ドルまで急上昇しましたが、1922年には生産量が増加するにつれて1.61ドルまで下落します。

新たな用途と発見の数々

この頃、大手企業は石油の他の用途を研究しはじめていました。その中にはプラスチックの大量生産も含まれます。これらの製品による需要の増加にもかかわらず、原油価格はIOC間の競争と十分な供給量により比較的低い状態を保ちました。

その間、ベネズエラ(1922年)、イラク(1928年)、ソ連(1929年と1932‐34年)、東テキサス(1930年)、クエート(1938年)そしてサウジアラビア(1938年)において発見が続き、初の海上掘削装置がメキシコ湾で運転を開始しました。

テキサス州での石油の発見は世界大恐慌と同時に石油の供給過剰をもたらし、1930年に1.19ドルだった価格は1931年には0.65ドルまで下落します。しかしテキサス鉄道委員会が介入し製造割当てを強制することで、供給量は制限され価格が安定しました。

第二次世界大戦

1939年に第二次世界大戦が始まったとき、戦争がまたしても需要の主たる原動力となりました。今回はしかし、豊富な世界的供給量のためそれほど価格への打撃はありません。とはいえ、この対戦は十分な石油備蓄を確保することの重要性を各政府に明確に示しました。このことはその後各国政府が取る一連の行動に表れています。

1950 – 2003年:原油生産の支配権を巡る争い

大戦後、各国政府は原油生産を国営化すべく動きます。イラン、インドネシア、そしてサウジアラビアは1950年から1960年の間部分的に石油基盤を国営化しました。またエジプトは1956‐57年のスエズ危機の際に世界の5%近くの原油が通行するスエズ運河を支配下に収めます。

にも関わらず、原油市場の支配はアメリカとソ連に二分されたままでした。そして1950年代後半、ロシアが安価な石油を市場に放出し始めると、7姉妹は競争力を保つためにベネズエラとアラブの原油を値下げすることに合意します。

OPECの設立

1960年に、クエート、イラン、イラク、サウジアラビア、そしてベネズエラの役人がバグダッドで会見し、IOCによって強いられた値下げにどう対処するか議論しました。彼らは国家間の競争を減らし、価格をコントロールすることをもくろみ、石油輸出国機構(OPEC)を設立することに合意しました。

それから20年間、OPECは拡大を続け、カタール、インドネシア、リビア、アラブ首長国連邦、アルジェリア、ナイジェリア、エクアドルとガボンが加盟します。これらの国々の多くは、自国の石油備蓄の支配権を1960年から1976年の間に買収あるいは強制的にIOCから分け前をもぎとるかして、獲得しました。

需要と供給の物語

アメリカとソ連は短い間石油を支配しましたが、しばらくすると影響力はOPECに移行していきます。これが顕著に現れたのは、1973年第四次中東戦争の際に加盟国がイスラエルに加担する国々(とくにアメリカ)への禁輸を課すことを選択したときでした。世界の価格は1972年の平均2.48ドルから1974年の11.58ドル(アメリカのいくつかの地域でははるかに高く)にまで上昇しました。

この時期は北海での油田の発見もありました。これらのエリアはノルウェーとイギリスの支配下にあり、1970年代中頃に掘削が始まります。このブレント原油は、今日ではWTI原油と並ぶ基準価格とされています。 

1979‐80年の間に価格は急上昇し、36.83ドルに達しました。イランが革命の最中生産及び輸出の削減を行い、イラン・イラク戦争が始まったからです。しかしその後は需要ショックがあったり、他の生産者が生産を増加させたりしたため、価格は急落しました。特に生産を増やしたのはソ連で、1988年には世界最大の原油生産国となります。

1990年、イラクはクエートに侵攻しその後続いた湾岸戦争は供給ショックを生み、侵攻前の時点で1バレル14.98ドルだったのが1991年9月には1バレル41.00ドルにまで上昇していました。

その後数年間、価格は上下動を繰り返しました。そしてソ連が1991年に崩壊すると、ロシアの石油産業も追随し、投資額が減ったことでその後10年で生産量は半減しました。世界的需要もアジアの金融危機で大幅に落ちこみましたが、アジア地域の経済の見通しが改善されると1999年までに回復しました。

2003年 – 現在:水圧破砕法により変化する景色

2003年のアメリカのイラク侵攻は将来の石油の供給事情を不明瞭にし、同時に(中国に後押しされる形で)アジアの需要が大幅に増加し、2000年7月の28.38ドルから2008年7月の146.02ドル超まで上昇させました。

そこから、世界的金融危機の結果として価格は下落、リバウンドし、2011年のアラブの春に続いて126.28ドルに達し、また供給不足をつくりだしました。

近年では、技術の進歩が水圧破砕法によるアメリカのシェール油の生産の増加に拍車をかけています。このことはOPECの影響力を弱め、価格の下落をもたらしました-2014年6月の1バレル114.84ドルから2016年1月には28.47ドル以下にまで下落しました。

これに応える形でOPECは複数の国(ロシアを含む)と共謀して生産量の削減を実行し、2018年の終わりまでそれを続ける予定です。これらの削減の発表の後価格は上昇しましたが、アメリカが「スイング・プロデューサー」としての役割を担うことができる現在、OPECの価格を操作する力は落ちていくように思われます。

今後の数年間、価格はアメリカのシェール油生産、OPEC率いる連合、そしてアジアの需要がどう回復するかによって変動すると思われます。石油取引について詳しく見ていきましょう。

今日最も大きな石油埋蔵量を有している国は

アメリカが最も大きな石油備蓄量を有していると推定されています。その次にロシアとサウジアラビアが続きます。以下の表は、2016年の調査によるもので、世界の10大石油保有国の石油埋蔵量の数値を表しています。1

推定石油埋蔵量

(10億バレル)

アメリカ合衆国

264

ロシア

256

サウジアラビア

212

カナダ

167

イラン

143

ブラジル

120

イラク

117

ベネズエラ

95

メキシコ

72

中国

59

 

これらの数値は、一般的でないシェール油埋蔵、存在している油田からの石油、発見され、収集可能だと判断できる石油、そして収集できるがまだ発見されていない石油の推定量が含まれています。

世界の石油埋蔵はいつまでもつか

世界の石油埋蔵(世界で1.67兆バレル分の石油)は2050年から2060年の間のどこかで枯渇すると予想されます。これは、世界の消費量(現在一日当たり9200万バレル)が今後の数十年で増加していくことを想定したものです。2

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